『兼載雑談』の本文校訂と全266項目についての注釈が完了し三弥井書店から『歌論歌学集成第12巻』として、2003年3月末に刊行された。この校訂注釈作業を通じて得た知見と、それを更に発展させて考察した結果を以下に述べる。 (1)内容は、歌学;連歌学に関するもの、歌入連歌師の逸話・言行に関するもの、兼載の理想とする歌論・連歌論の3つに大きく分類することができ、いづれも先行する歌学書・連歌学書に見いだせる穏当な記述である。ただ、叙述の方法が具体的で世俗的配慮に富み、いかにも有能な連歌師の後継者に与える、柔軟かつ実践的知識という点が他書に類を見ないものとなっている。 (2)『兼載雑談』において注目すべきは上記の内容からはずれた、公家や武家の家伝系図への関心・寺社縁起、中世神話、聖徳太子伝など神祇釈教の話題である。これらは和歌の注釈書に含まれる場合もあるが、むしろ中世辞書と共通する内容が多く、猪苗代兼載の知識の全体像や教養の基盤を考察するうえで、有益な資料と考えられる。 (3)上記の中で、「達智門」という笙をめぐる説話が、その形成過程において足利将軍家と結びついた豊原家の権威発揚の意図と方法を窺わせており興味深い。また、太子伝についての記事は、太子伝が後鳥羽院怨霊説話と融合する現象のなかに、禅宗の唱導と歌学の交渉から生み出された、新たな太子説話の展開が見出され、室町中期の太子信仰のひろがりについても従来とは異なる視座を提示するものとなっている。『兼載雑談』のこういった側面は、単に連歌の領域を越えて中世の文芸・思想・社会の有機的な結合事例を研究するうえで示唆するところが大きいといえよう。
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