研究概要 |
この研究を通しての最も大きな収穫は、ケンブリッジ大学古文書館に所蔵されている大学裁判所記録(CUA, Collect.Admin.6a, Buckle BookとCollect.Admin.13, Utinam)の調査である。これは大学生や教員同志、或いは彼らと住民との係争事件が記された貴重な史料だが、その調査の結果、コーパス・クリスティ学寮の学生達が関わった係争事件が数件存在することが判明し、学生達の詳細な交友関係が立ち現れてきた。その中でも重要な発見は、1587年にウィリアム・オースティンというコーパス・クリスティの学生が関わった係争事件である。この事件は、貧しい学生がしばしば起こした借金の踏み倒し問題だが、裁判では、オースティンが地元の食料商に金を借りたことを証言する証人としてマーロウが登場する。マーロウの証言内容と裁判記録によって明らかになったことは、(1)二人の親密な交友関係、(2)カンタベリー出身者人脈の結びつきの強さ、(3)カンタベリー出身者の殆どが聖職に就かなかったという事実、である。特に(3)が重要な意味を持つのは、1587年に大学で広まった噂話(マーロウ=カトリック反逆者説)の持つ意味である。つまりコーパス・クリスティ学寮という小さく閉鎖的な社会の中で、マーロウを中心とするカンタベリー出身者のグループは、他のプロテスタント急進派的傾向を持つ学生、とりわけイースト・アングリア地方出身の学生グループから危険視される可能性が十分にあったということだ。それによって、マーロウがカンタベリーのキングズ・スクールを中心にした人脈に属し、学寮のノーフォーク出身の学生集団と確執があったであろうことが明らかになった。新しい史料の発見のみならず、この確執こそケンブリッジ大学卒業時にマーロウに纏わる噂話が生まれてくる土壌になっていたという結論が、この研究の大きな成果であると言える。この研究成果に関しては"Christopher Marlowe, William Austen and the Community of Corpus Christi College"と題する英語論文にまとめ、Studies in Philologyに掲載発表の予定である。
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