研究概要 |
本研究は,9世紀ドイツの二大韻文作品『ヘーリアント』と『オットフリート』の全語彙を単一の辞書にまとめて総合的に対比することによって,両作品の語彙の共通点と相違点を分析して,語彙に現れた共通する世界観と作品固有の世界観の相違を解明し,さらに語彙に見られる相違が,ゲルマン伝統の頭韻詩(『ヘーリアント』)とラテン語圏から新来の脚韻詩(『オットフリート』)という形式上の構成原理の相違にいかに対応しているのかを解明することを目的とした。 この二つの作品に用いられているドイツ語は異なった方言であるため,単純に単一の辞書にまとめることは不可能であるので,まず語彙数の多い『オットフリート』の全語彙項目,約3,490をコンピューターに入力し,次に『ヘーリアント』の全語彙項目,約2,840のうちで,『オットフリート』の語彙項目と語源的に対応するものを並べて入力した。共通しないものは単純にabc順に入力した。その結果として,双方の語彙で共通する項目は,固有名詞を含めて約1,240語であることが明らかになった。これらの共通する語彙は基礎語彙であって,共通する基本的な世界観の反映である。重要なのは共通しない語彙の方であって,『ヘーリアント』の特徴としては英語と共通する語の多さ,名詞の類義語の多さ,複合名詞の多さ,名詞の強意形の多さ,複合動詞の少なさを,逆に『オットフリート』の特徴として複合動詞の多さ,複合名詞の少なさ,前置詞句でのみ用いられる名詞の多さが確認できた。 これらの語彙上の特徴は,『ヘーリアント』がゲルマン古来の世界観に基づく古い語彙を利用してキリスト教の福音を伝えようとしているのに対して,『オットフリート』はゲルマン的な世界観の語彙を極力排除しようと努めていることに対応しており,名詞を重用する頭韻詩と動詞を名詞と同程度に多用する脚韻詩という対照的な形式上の構成原理にもよく対応していることが判明した。
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