研究概要 |
この研究の目的は,革新主義時代のアメリカで進展した人事管理運動について,それをこの運動の担い手の思想と行動に即して実証的に解明することである。なぜ担い手に注目するかというと,人事管理者の専門的サーヴィスに対する需要は,労働市場の状態や新しい生産プロセスの技術的必要性から必然的に生まれてくるわけでは必ずしもないからだ。専門的対応が求められる問題を「発見」し,それに対する科学的かつ官僚制的解決を雇主に提案する人たちの働きなしには,人事管理は存在しなかったとはいわないまでも,その成立時期はさらに遅れていたであろう。 人事管理運動は,雇用管理運動と労使関係管理運動という二つの思想潮流から構成されており,両者は担い手の社会的背景と労働問題解決のための処方箋に違いがあった。 初期の人事管理運動を牽引したのは雇用管理運動であり,その起源は革新主義期の社会改良運動の中にあった。彼らは「人間工学」という言葉を人事管理と同義に用いたが,この比喩表現には労使利害からの中立性と科学志向といった新しい専門職業の特徴が表現されていた。 ところが第一次大戦の休戦とともに,大規模産業企業の労使関係管理者たちは,人間工学という言葉に代えて「奉仕」を唱えるようになる。彼らは,過度の中立性と管理の科学性を謳う雇用管理論者の言説を巧妙に言い換えて,人事管理運動の進路変更をおこない,大規模産業企業の経営者を説得して従業員代表制の導入に着手した。この運動の中心にいたのは,かっての安全運動のリーダーたちで,彼らは安全委員会活動を通じて身につけた委員会型管理システムの運営能力をアッピールして,労使関係管理者という高位の専門的管理職を手に入れようとした。このような専門管理者たちの思想と行動に即して安全運動から人事管理への系譜的な連関を明らかにした点に本研究の特徴がある。
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