研究概要 |
本研究は,中新世前〜中期にかけての北太平洋沿岸に生息していた絶滅海生哺乳類のデスモスチルスについて,頭蓋および下顎骨標本に殖立する歯の発生・萌出・交換の様式および歯の微細組織に残された成長線の解析に基づいて,この仲間の個体の成長様式と生活史を復元することが目的である. 本研究では,国立科学博物館およびアメリカ合衆国国立自然史博物館所蔵に所蔵されている頭蓋標本14点および下顎骨標本20点について,頭蓋のX線CTスキャンを用いた断層画像解析と歯の組織の肉眼および顕微鏡観察を行なった.その結果,知られているすべての若齢個体の頭蓋標本で,初生歯(乳歯)と代生歯との関係を確認できたとともに,乳歯を持つ若齢個体においてはそれぞれの乳歯に対する未萌出の代生歯の有無と成長段階との関係を確認できた.これにより,これまで問題となってきた歯種判断の混乱の解決に加えて,発生のタイミングに基づいた機能歯の歯種とその組み合わせおよび成長段階との関係を初めて実証的に明らかにできた. 本研究ではまた,頭蓋14標本のうち10標本について,雌雄差に起因する特徴が認められた.雌雄差は,頭蓋のプロポーションと犬歯および臼歯の相対的な大きさ等で,これによりデスモスチルス属2種には,それぞれ明確な性的2型がみられることが明らかとなった. 歯の組織学的な研究では,雌と判断された個体の中で第2および第3臼歯の硬組織に生理的な変化を示すと思われる線条(周波条)が残されている個体も認められた.一般に歯の硬組織に残される線条には,出生,離乳,出産,疾病などの生理的生体イベントと対応関係を持つものがあるとされるが,本研究においてデスモスチルスの性別と相対年齢を明らかにできたことから,個体の性成熟後にも歯の発生が継続するデスモスチルスでは,雌の第2・3臼歯に認められる周期的線条は,出産などの繁殖に対応している可能性が示唆された.
|