研究概要 |
東南アジア熱帯雨林のアリ植物,マカランガ属25種は幹内に特殊化した共生アリと共生カイガラムシをすまわせている.この三者共生系は近年,独・日・米の研究者が集中的に研究をすすめ,動植物共生系の共進化に関するモデル生物系として世界の注目を集めている. 今回,我々は東南アジア全域にわたる14地域から採集した合計22種約300株の植物(Macaranga属Pachystemon節)について,それに共生するアリ(Crematogaster属Decacrema亜属)およびカイガラムシ(Coccus属)の分子系統地理学的解析を行った. mtDNAのCO I遺伝子を用いた解析では共生アリと共生カイガラムシでそれぞれ10および5の系統群(lineage)が確認された.これらのアリとカイガラムシは近縁グループからは独立した単系統群であり,しかもその分岐年代は両者とも約1000万年前以降とほぼ一致することが明らかになった.一方アリ植物マカランガはその分布が湿潤熱帯地域に強く限定されていることから中新世初期(2000万年前)頃の東南アジア湿潤林発達以降に適応放散したと考えられる.以上のことから,マカランガ共生系は中新世中期以降に急激な相互適応放散により多様化したことが強く示唆された. 一方,三者の系統樹形は必ずしも一致せず,共進化の過程で寄主転換がおこってきたと推定された.しかし幹表面にワックスを分泌する起源の古い植物種には同じく起源の古いアリ種が共生し,ワックスを分泌しない派生的な(若い)植物種には攻撃性の強い系統的に新しいアリ種が共生するという一貫したパターンが検出され,DecacremaアリとPachystemon植物が互いに強く影響を与え合いながら適応放散してきたことが示された(共多様化). 最後に,共生カイガラムシについて核DNAのWingless遺伝子を用いた系統樹を作成したところ,mtDNA系統樹との有意な一致性はみられなかった.樹形からみて異種間での遺伝子浸透が起こっている可能性があるため,今後アリおよびカイガラムシの核DNAによる系統解析を網羅的にすすめる必要がある.
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