研究概要 |
Humanin (HN)は、アルツハイマー病の原因となる遺伝子異常および変異アミロイドβ蛋白による神経細胞死を選択的に抑制するペプチドとして報告された(Nishino et al. Proc.Natl.Acad.Sci.USA 2001;98:6336)。本研究の目的は虚血や低酸素などの非特異的外的因子あるいは他疾患によってもたらされる細胞死がHNによって抑制される可能性、すなわちHNがより広い活性スペクトラムを有することを証明することである。ここでは神経細胞死のモデルとして一般的に用いられる無血清培養下でのラット褐色細胞種(PC12)細胞において、HNの細胞死抑制効果を検討した。その結果HNを培地中に添加することで、濃度依存性に細胞死が抑制され、それに伴い、アポトーシスのマーカーである核DNAの断片化も減少した。その機序としてアポトーシス過程で増加するcaspase 3活性をHNが抑制することを明らかにした。さらにこのHNの活性スペクトラムが神経系細胞に限らないことを証明するため、ヒトリンパ球を用いた研究を行った。PC12細胞同様に,無血清培養によるアポトーシスはHNによって有意に抑制された。この過程には細胞内ATP量増加を伴った。以上からHNは、ATP産生能障害を来たす疾患、例えばパーキンソン病やミトコンドリア脳筋症の治療薬としても期待される。そこで、ミトコンドリア脳筋症の代表的疾患であるMitochondrial Encephalopathy, Lactic acidosis, and Stroke-like episodes (MELAS)におけるHNの作用を検討した。ここでは容易に入手できるリンパ球を用いて,エネルギー消費を亢進させ,ミトコンドリア(Mt)DNAコピー数を増加させる環境下すなわち無血清培養を行った.予想通りMELASリンパ球はコントロールに比べて有意にATP量低下が認められるが,HN添加によって,細胞内ATP量増加,MtDNAコピー数増加の抑制,細胞死の減少が認められた.同様の効果は神経芽細胞種SK-N-MC細胞、骨格筋由来のTE671細胞でも証明され,MELASの臨床的特徴であるATP要求度の高い脳および筋での機能障害がHNにより抑制される可能性が考えられる.Mt異常を有する細胞ではATP産生能が低下し,フリーラジカルの産生が亢進する.アポトーシスは異常Mtを有する細胞を選択的に除去するという生体の防御機構であると同時に,細胞障害を誘発あるいは増幅して,さらなる組織障害を招来する.HNはこの悪循環を断つ、有力な治療薬候補と考えられる。以上から、HNはアルツハイマー病に対する効果のみならず、広い活性スペクトラムを有することが証明された。
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