研究概要 |
近年,反復性血栓症の既往のある抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome ; APS)症例では血中接着分子(vascular cell adhesion molecule-1;VCAM-1)濃度が高いことが報告され,本症候群の血栓症の発症と細胞相互間作用の変化との関連が注目されている.しかし,接着分子の発現を高める抗体のサブタイプは不明であり,接着分子の発現による血栓症の発症機構も不明である.本研究では,抗リン脂質抗体の主要抗体である4種類の抗プロトロンビン抗体(anti-PT)を培養ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC)に添加後培養し,anti-PTの相違によるVCAM-1,intercellular adhesion molecule (ICAM)-1,E-selectinの発現量・発現部位の差違を比較することにより,血管内皮において接着分子の発現を高める抗リン脂質抗体のサブタイプを特定した.その結果,陰性荷電リン脂質,カルシウムイオン存在下でヒトプロトロンビンとのみ結合するanti-PT#1は血管内皮に作用して各種接着分子の発現を亢進させ,これにより血管内皮-白血球の接着をきたし血栓形成を惹起する可能性が示唆された.他のanti-PT,特にヒトのみならずウシプロトロンビンとも結合しうるanti-PT #3,#4は血管内皮上の接着因子発現を誘導せず,このことはこれらのanti-PTが血栓症をほとんど発症しないという臨床所見と合致するものと考えられた. 以上の結果より,抗リン脂質抗体陽性者における臨床症状の多様性は個々の症例が有する抗体の多様性により血管内皮細胞の接着分子の発現におよぼす影響が異なることにより,血管内皮のみならず単球・血小板の向血栓性を惹起する効果に相違があることに起因する可能性が示唆された. 本研究成果から,個々の症例が有する抗リン脂質抗体のサブタイプを同定することにより本抗体陽性症例の血栓症発症の予後が推測可能であり,一次予防が必要な症例を検出可能であると結論される.
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