研究概要 |
下顎全部床義歯において,軟質裏装材の厚さの違いが咀嚼能力や咬合バランスといった臨床評価に及ぼす影響を追求した.さらに疼痛の発現に深く関与する顎堤粘膜厚径との関連性についても検討した. 被験者は本学補綴科外来患者の中から,インフォームドコンセントを行って同意が得られた上下無歯顎者4名を選択した.実験義歯は軟質裏装材の厚さ以外の影響をできる限り少なくするために粘膜面のみを交換するもので,軟質裏装材には加熱重合型アクリル系のフィジオライナーを用い,厚さは1mmと2mmの2種類とした.下顎顎堤粘膜厚径を超音波粘膜厚さ計測器SDMを用いて,左右第一大臼歯相当部,左右第一小臼歯相応部,正中部のそれぞれの歯槽頂部と舌側部合わせて10部位について計測した.また,咀嚼能率の測定は,試験食品としてピーナッツを用いた篩分法にて咀嚼値を算出した.さらに,咬合圧分布測定システムT-スキャンIIで,咬合バランスとして咬合接触面積,荷重値,および咬合重心とその軌跡を測定した. その結果,下顎顎堤粘膜厚径は歯槽頂部は平均1.75〜2.18mm,舌側部は平均1.33〜1.40mmと舌側部の方が薄く,従来からの報告とほぼ同じ結果であった.咀嚼値は個人差が大きかったものの,軟質裏装材の厚さによる違いがみられなかった。咬合接触面積と咬合面圧荷重値でも軟質裏装材の厚さの違いによる影響はみられなかった.咬合バランスはすべての場合で中心付近にあり,良好な状態であった.咬合重心の軌跡では軟質裏装材の厚さを2mmにした義歯の方が,より宏定してスムーズに閉口する傾向がみられた.また,3名の被験者で軟質裏装材の厚さが1mmの義歯を装着した場合に,顎堤粘膜厚径が1mm以下の部位で疼痛を訴えた.これは,粘膜厚径が軟質裏装材の厚さを規定する1指標となることを示唆するものと考える.
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