研究概要 |
新生児低酸素性・虚血性脳症(HI)は,周産期脳障害の主要な原因であり重篤な神経学的後遺症をもたらす.我々はHIモデルラットの長期にわたる組織学的ならび行動学的検討から,HI処置9週目より緩やかに進行する組織損傷に加えて進行的な学習・記憶障害が認められた.この細胞傷害は,従来のadult ratsの脳虚血で生じる遅発性細胞死とは異なり,HIに特有な脳損傷であることから,slowly progressive brain damage (SPBD)と名付けた.また,我々はグリア株由来神経栄養因子(GDNF)のHI直後の脳室内投与は,HI後1週間以内の急性期では脳保護作用を示したのに対し,慢性期におけるSPBDでは効果が消失することを報告した.このGDNFの慢性期におけるSPBDに対する効果の消失は,GDNF量が十分でない可能性が考えられた.そこで,約6ヶ月間GDNFを産生できるカプセル化GDNFを用いて,SPBDに対する影響を調べた.このカプセルは高分子半透膜でGDNF産生細胞を包み,内部へ酸素や栄養分を供給することで約6ヶ月間20ng/dayのGDNFを産生し続けることができる.一方,抗体や免疫細胞は通過することができないため,従来の移植方法では問題であった免疫反応や腫瘍化を抑えることができる.このカプセル化GDNFを用いた結果,SPBDおよび学習障害を改善できることがわかった.また,すべての学習課題終了後のHI17週目に脳脊髄液中のGDNFを測定すると,GDNF量は減少し,カプセル化GDNF投与群はその減少を抑制した.このことは,SPBDを伴う学習障害の発現にGDNFが関与していることを示唆し,このモデルがHIの慢性期の発症機序を追究する有用なモデルであると考えられる.
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