研究概要 |
1990年代からヨーロッパでは伝統的な南北の出生率の格差が逆転し,北欧諸国で高く,南欧諸国で低い出生率の空間的パターンが出現した.これは一般に先進諸国では,女性が仕事と子育てを両立でき,女性の労働力率が上昇するほど,出生率が上昇するが,仕事か子育てかの二者択一を迫られる国では出生率が低迷し続けると説明されている.Esping Andersen(1990;2001)は3つのレジームに分類し,家族政策をめぐるそれぞれの福祉国家レジームの文脈の中で保育や女性の労働市場の参加が規定されていることを論じている.筆者は社会民主主義的国家の代表としてスウェーデンと,自由主義的福祉国家の代表としてアメリカを取り上げ,大都市における空間的な視点から,政府の家族をめぐる政策と保育サービスの立地を地域調査によって比較検討した. スウェーデンでは,地域の保育園もアクセスも大変よく,育児休暇や看護休暇など子育てをしながら仕事を継続することができる.ストックホルムの郊外のナッカ市で保育園の調査を実施した.集合住宅は計画的に整備され,保育園も数ヶ所徒歩圏に立地していた.民間と公立の保育園があるが,いずれのタイプの保育園も自治体から一人あたり均等な予算の配分を受けていた.時間地理学的視点から,子育て中の女性の一日のスケジュールを調査した.母親は労働時間を短縮し,父親の育児・家事参加時間も長く,余裕のある子育てをしていた. アメリカは残余主義的福祉国家とも称され,保育サービスの供給は市場に委ね,政府は介入しないのが原則である.しかし,市場の失敗の部分である貧困層に対しては,保育料補助などの福祉政策によって救済している.また,ボランティア組織(非営利組織)の活動も黒人の多い低所得地域では活発に展開しているアメリカの大都市は社会階層や人種・エスニック集団によって,居住地分離(segregation)していが,それに照応して保育サービスの供給に関しても地域的に分離している.福祉国家の二重構造は大都市圏においても対照的な地域的二重構造を呈していた.1996年の福祉改革以来,福祉マザーの就労促進が図られ,保育料補助制度の利用も増大した. 政府の再配分政策によって,平等な社会を構築しようと目指しているスウェーデンと比較し,市場主義による小さい政府を目指しているアメリカの社会経済的な格差の拡大傾向は大都市圏の観察においても対照的であった.
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