研究概要 |
本研究では、アトラスの政治性と社会性を究明するため、まず基盤的作業を実施した。ヨーロッパ諸国に所蔵されるアトラス類の現地調査を行い、各地の図書館・博物館で多数の資料を閲覧・調査した。とりわけエストニア国立公文書館では大黒屋光太夫作成日本図を発見するという成果を挙げ、漂流民の日本像解明に大きく貢献した。同時に日本においては,近世の各種分国地図帖を閲覧・調査した。こうした成果は、韓国地理研究所の特別招請講演で公表したほか、光太夫図に関しては日本地理学会春季学術大会において「漂流民の国土描写」として報告している。 つぎに、近世アトラスのモデルとして,オルテリウスの『世界劇場』とメルカトルの『アトラス』とを選定し,両者の諸版を閲覧・調査し,複写等で資料を収集した。これと平行して、近世アトラスの総合的目録を作成し、さらにアトラス所収国土図の基礎データを抽出して、(1)各近世アトラスに見られる作成者、編纂者たちの思想の解読,(2)アトラス構成の原理と変遷,(3)各国土図における国家表象の多様性、などの分析を行った。これらの成果を、平成15年8月に南アフリカ共和国で開催された第21回国際地図学会において'Mirror of the Nations'のタイトルで報告し、国家表象としてのアトラスを意味付けた。その内容は高く評価され、国際地図学会が刊行した論文集"Cartographic Renaissance"に掲載された。 最後に、収集した近世アトラス・地図帖類の目録を完成したほか,アトラス所収の国土図・地方図などのデータベース化も試みた。 このように日欧における近世アトラスを共時的かつ通時的視点から比較考察し、政治的・社会的コンテクストによる解読と再評価を行い、国家表象としての近世アトラスの意味の普遍性と差異性を浮かび上がらせることで、研究目的を達成した。
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