研究概要 |
本研究は,「知覚的フィリングイン」という視覚現象に着目して,心理実験によりその性質を調べるとともに,この現象を説明する計算モデルの構築を通じて,面形成や充填などの初期視覚メカニズムの解明をめざすものである.本研究期間における成果は以下の通りである. まず,左右両眼に独立して広い視野にわたる視覚刺激を提示できる実験環境を構築するとともに,視覚心理実験を効率的に行なう実験用ソフトウェアを開発した.そして,このシステムを用いて,視覚刺激がもつ種々の要因が知覚的フィリングインの生起に及ぼす影響を調べる実験を系統的に行なった. その結果,知覚的フィリングインの起こりやすさが視野の位置に依存して有意に変化すること,視覚刺激のコントラストがフィリングインに影響を与えること,互いに接していない複数の領域においてフィリングインが同期して起こりうることなどを明らかにした.さらに,目標領域の近辺に別の刺激を付置した場合,その刺激の消失に同期して目標領域でのフィリングインが瞬時に生じるという現象を新たに見いだした.この現象は従来のフィリングイン現象と比較してその知覚が顕著であり,通常のフィリングインが生じにくい条件でも高い頻度で生じるという特徴をもつものである. これらの心理実験と並行して,フィリングインを含んだ視覚処理過程の計算モデルとして,面の局所的な特徴量を表現する神経素子が相互作用しながら,3次元物体全体にわたる面構造を形成する神経回路モデルを構築した.また,数値実験により構築したシステムの振舞いを検証し,神経回路モデルの内部状態の安定性が人間が面を安定して知覚できるかどうかによく対応することを明らかにした. 以上の研究を通じて,知覚のダイナミクスが初期視覚における情報表現と密接に関係していることを支持する結果が得られた.
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