本研究の目的はMAPキナーゼの一つであるERK1が含まれる蛋白質複合体の精製を、培養細胞でなく、マウス生体において行うことである。これにより、心肥大や動脈硬化といった病態時における複合体の変化をダイナミックにとらえることができる。蛋白質複合体の効率よい精製法として、本研究ではTandem affinity purification (TAP)法を用いた。これは目的蛋白質にC末側にプロテインAとカルモジュリン結合蛋白質の2つのタッグを付加し、IgGビーズとカルモジュリンビーズによる2段階のアフィニティー精製を行うものである。まずTAP法の効率を確認するために、緑色蛍光蛋白質(EGFP)およびNAT1にTAPタッグを付加した発現ベクターを作製した。EGFPは細胞内で単独で存在すること、一方、NAT1は多くの因子と複合体を形成することが知られている。これらの発現ベクターをMG1.19細胞に導入し、細胞抽出液からTAP法による精製を行った。2段階精製の後、電気泳動で分離し、銀染色にて確認した。その結果、EGFPとNAT1が共に高効率に精製されており、NAT1とは複数の蛋白質が共精製されるが、EGFPはほぼ単独で精製されることが明らかとなった。この結果、TAP法は哺乳類においても強力な精製法であることが確認できた。そこでマウスERK1にTAPを付加したcDNAを、普遍的なプロモーターであるCAGプロモーターの調節下に発現させるベクターを作製し、マウスの受精卵に導入した。その結果トベクターの染色体への挿入は1例でのみ認められた。このマウスの組織においてERK-TAPの発現をみたが、ウェスタンブロットでは確認できなかった。一方、同様にCAGプロモーターの調節下にEGFPを発現するベクターを受精卵に導入すると、誕生した約2割のマウスにおいてベクターが染色体に挿入されており、全例でEGFPの発現が確認できた。このことからERK1-TAPの過剰発現は生体にとって有害であると考えられた。現在、受精卵への導入を続行し、致死とならない程度に発現量が低いトランスジェニックラインの樹立を目指している。またトランスジェニックマウスではなく、相同組み換えにより内在性ERK1遺伝子にTAPタッグを付加するためのベクターを作製中である。
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