研究概要 |
本研究は,後期インド仏教思想史における重要な思想家Jnanasrimitra(ジュニャーナシュリーミトラ,10-11世紀頃)のサンスクリット語で書かれた著作『不二一元摘要論(Advaitabinduprakarana)』の校訂・内容分析を行い,後期インド唯識思想におけるインド知識論及び中観思想との関連を解明しようとするものである.平成16年度は,前年度までに完成済みの校訂テクスト及び和訳研究(将来的に出版・公表の予定)に基づき,Jnanasrimitraの唯識思想が中観思想及びインド後期知識論とどのように関連するかを明らかにし,インド唯識思想史・インド知識論における当該テクストの位置・意義を確定することに努めた.またその際,校正済みデータベースを研究補助手段として積極的に活用した.具体的な作業成果は,以下の3点である. a)Jnanasrimitraは唯識説(vijnanavada)を「顕現しつつあること(prakasamanatva)」と解釈するが,ヒンドゥー教諸派の後期知識論である誤認理論(khyativada)にも言及する.その際,特定の学派・著者名は挙げないが,anyathakhyati, asatkhyatiなど誤認理論における中心概念を取り上げて「顕現しつつあること」と対比させながら批判している事実を明らかにした.このことは,Jnanasrimitraの唯識説のインド知識論における位置づけを知る上で重要である. b)当該テクストには,Jnanasrimitraに先行するプラジュニャーカラグプタ(Prajnakaragupta,8世紀頃)の学説を中観説と同一視する記述がある.その根拠は,両者の認識論が「存在・非存在・存在かつ非存在・存在でも非存在でもない」という四つの選言肢を超越している点にあるようである.ただし,Prajnakaraguptaの著作のどの箇所が念頭に置かれているかという点については,未だ検討の余地がある. c)併せて,Jnanasrimitraに大きな影響を彼に及ぼしたDharmakirti(ダルマキールティ,6-7世紀頃)が,唯識説への一種の橋渡しとして用いる「外界存在推知説」について,インド諸注釈者の説を参照しながら分析した.
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