研究概要 |
本年度は,前年度に収集・整理したアイヌ文化の地域特性および差異を示す資料と従来のアイヌ文化に関する先行研究(とりわけ文学・言語学などの領域)を網羅し,今日のアイヌ民族における「伝承」の意義,そしてそこに含まれる「精神性」を今日の人間学・教育学的な視点から再考した.例えば,アイヌ民族は如何にして「口承」によって,(或いは和人(シャモ)の「言語」を積極的・主体的に「援用」することで),民族的連帯を維持し,次代の「心に残る」言葉を発信してきたのか,アイヌ民族にとって「伝わることば」「伝えるべきことば」とは一体何であったのか,その伝承に際する構造と精神的基盤を分析・考察した. 特に「近代」アイヌによる文芸,表現,評論活動に関する記事や,上川アイヌの中で「民族の誉れ」を一身に背負って「和人」と対峙した知里幸恵・知里真志保姉弟が著したアイヌ文学・アイヌ語関連の資料やテクストを「臨床文学」的に分析することで,知里幸恵が「近代」アイヌ民族の精神的な支柱となり得たこと,そして,彼女の常に他者を意識した「感性」や「受苦性」が今日の人間形成を語る上で'ある種の普遍'を伴うものであることなど,その人間学的・存在論的な考察を試みた. 一方,今日展開されている「生きた」アイヌ文化の現状を整理し,アイヌ文化の地域特性を検証した前年度の研究をさらに深め,北方圏文化に内在する「潜在的な」カリキュラム性を考察.その芸術的側面と身体論的な観点からの「学び」と「経験」の意義の捉え直しを行った.アート教育,エコロジー主体の環境教育のモデルとして北海道独自の文化に含まれる「手仕事」やアイヌ文学のテクスト・精神が子育てや人間形成に反映されている現状を木彫り職人や工芸品を生業としている人々の自己形成史を記録しつつ,如何にその「こころ」と「技」を遺し伝えているのか調査した.
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