研究概要 |
日本語に特殊モーラとして存在する長音に注目し、母語に長音を持たないフランス語話者と日本語話者における聴覚野の活動パターンに対する母語の影響を脳磁図(MEG)を用いて生理学的に検討することを目的とした。なお本研究では,指標としてミスマッチフィールド(MMF)という,1秒前後の短い間隔で繰り返し提示される同一の音(標準刺激)の中に、それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に、逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分を用いた。これまでの検討から、MMFは被験者の注意を必要としない、自動的な逸脱検出過程を反映した成分であると考えられている。被験者は日本語を母語とする右利き健常者7名(男性4名、女性3名)およびフランス語を母語とする右利き健常者5名(男性4名、女性1名)。日本語話者(男性)によって発声された無意味単語「エレペ」および「エレーペ」を聴取している(試行間間隔800ms)際の脳磁場反応を,全頭型306チャンネルSQUID脳磁計(Neuromag)によって記録した。日本語話者、フランス語話者ともに,いずれの条件においてもMMFが左右大脳半球の側頭部に認められた。フランス語話者において「エレペ」が逸脱刺激の場合には、右大脳半球で日本語話者と比較して33ms、左大脳半球で62msの潜時の遅れが認められた。逸脱刺激と標準刺激の間の心理的な距離が大きくなるにつれて、その潜時は短縮するという先行研究から、フランス語話者は日本語話者のように長音を母音の音素としての範疇判断をしていないことが確認され、聴覚野の反応は母語の音韻体系に影響されることが示唆された。ただし、両大脳半球ともに、「エレーペ」が逸脱刺激の場合にはフランス語話者と日本語話者とは潜時がほぼ同じである。これはフランス語話者が長音を音素として弁別しないものの、「エレーペ」の長音の部分に、アクセントの有無によって変化する長さおよび強さを知覚することが要因と推察される。
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