研究概要 |
臨床医としては,親権者の治療拒否の意思に反して生命維持治療を強行することに対しては,たとえこの行為が刑法上正当行為として適法と評価されるとしても,少なからず躊躇を覚えるであろう。その理由としては,(1)医師と親との信頼関係(rapport)が破壊され,医療に支障をきたす,(2)たとえ新生児が救命されても,親がその存在を受容しなければ,結局は新生児の福祉が害されることになる,(3)日本にはドイツのように事前に裁判所から治療の許可を直接受けるような制度がなく,医師は,自らの判断において行動しなければならない,といった点があげられる。このようにみてくると,親による治療拒絶の問題を法的に解決することには,自ずから限界がある。したがって,これに代わりむしろ重要となるのは,障害新生児の権利擁護の視点に立ったうえで,生命維持治療の実施に向け親と医師などの当事者間において自律的なかたちで合意形成がなされること,およびそうした合意形成を促進するためのシステムを医療のなかに設けることであり,このようなシステムを担いうるものとして,「病院倫理委員会」を活用すべきである。この場合、病院倫理委員会は,医療行為の倫理性について審議することに加えて,コンサルテーションやソーシャルワークの機能に特化した小チームを倫理委員会の下部組織としておき,両親,担当の医師や看護婦などの当事者と面接し,当事者間の意見の調整や、必要に応じて関係の修復などもおこなうべきである。これにより,両親の心理的・福祉的ニーズの未充足や医療者との意見の対立など、生命維持治療を阻害する要因を把握し除去しうる。これらのプロセスを踏まえたうえで,病院倫理委員会は,両親をはじめとする当事者に対し助言・調停などの手段を積極的に講じるべきである。こうしたシステムの構築により,新生児の権利擁護の観点から生命維持治療の実施に向けた当事者間の合意形成が促進され、親による治療拒否の問題それ自体が解消されうる。
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