本年度は、昨年度の研究を発展させた。昨年度は、全球熱塩循環における太平洋での湧昇の重要性を、数値実験で示したが、今年度はさらに、太平洋の鉛直拡散係数のどの部分が湧昇を支配しているのか、また、太平洋の風のどの部分がどのようにして湧昇に寄与しているのかを、詳しく調べた。鉛直拡散に関しては、深層上部の鉛直拡散が決定的に重要であることが分かった。これは、太平洋の子午面循環が「層重構造」を成しているとの観測からの示唆と整合的である。即ち、観測に依れば、太平洋に入っていった底層水は太平洋内で深層上部まで軽くなり、大部分はその密度で南極環海に戻っていく。この、底層から深層へ水を持ち上げるための拡散がないと、この循環が維持できないのである。興味深いことに、このようにして深層水が得る浮力は、依然として太平洋の海面から供給されていることが分かった。従って、深層上部での拡散係数を大きくすると、太平洋の海面からの浮力供給が増え、北大西洋と南極付近の深層水形成域での浮力損失がそれに応じて増える。一方、深層下部の拡散係数は、もちろん深い部分の層重構造循環を強化するものの、量的には大きな寄与はない。 太平洋の風応力による湧昇も、全球子午面循環に無視できない寄与をしていることが分かった。底層水の大部分は層重構造循環で南大洋に戻っていくが、一部は海面近くまで湧昇する。これは主に、赤道湧昇と北太平洋亜寒帯のエクマン湧昇に依るものである。特に、亜寒帯の寄与が大きかった。本研究の数値実験では、北太平洋亜寒帯域の風を止めると、深層水形成が3Sv程度減った。この機構は拡散係数への依存性が低いので、全球子午面循環における太平洋の役割を評価する上で重要である。本年度は、以上の成果を投稿中論文の改定に用いた。
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