研究概要 |
水分子二量体・三量体において有効分子対称群を考えると、最安定構造に対する同種核置換異性体はそれぞれ8個、48個あり、各異性体をつなぐ反応経路は二量体で3種類(acceptor tunneling, acceptor-donor interchange, donor tunneling)、三量体で2種類(single flip, bifurcation tunneling)あることがわかっている。各水分子クラスターにおけるトンネル効果を理論の立場から定量的に調べるため、MP2, CCSD(T)/aug-cc-pVXZ(X=D,T)レベルの電子状態計算により最安定構造および各反応の遷移状態構造を求め、結合エネルギー、活性化エネルギーを比較したところ、MP2/aug-cc-pVTZレベルで十分精度良い結果が得られることがわかった。対象とする系が分子間力である水素結合を伴う系であることを考慮して、結合エネルギーおよび分子構造についてはcounterpoise法による基底関数重ね合せ誤差(BSSE)の補正をした計算も行ったが、電子相関を考慮した方法においてはBSSEの補正はむしろ行わない方が基底関数の大きさに関して良い収斂が得られることがわかった。次に、各異性体をつなぐ反応に対し、MP2レベルで決定した固有反応経路をトンネル経路と近似し、半古典論に基づいてトンネル相互作用項の大きさをそれぞれ計算した。各置換異性体間の連結グラフを考慮してトンネル結合行列を作成し、各エネルギー準位がトンネル効果により分裂する様子を見積もったところ、二量体・三量体ともに実験値と非常に良い一致をみせ、水分子クラスターにおける複雑な振動・回転・トンネルスペクトルを純理論的に再現することができた。
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