研究概要 |
(E)-スチルベン(PhCH=CHPh)類および類似した分子骨格を持つ化合物中には,分子の向きが180°回転した関係にある2つの配座が結晶中で乱れて存在する(disorder)ものがあることが知られている.研究代表者はこれまでに,いくつかのスチルベン・アゾベンゼン(PhN=NPh)類について,このdisorderをもたらす2つの配座間には平衡が成り立っており(dynamic disorder),その配座変換が自転車のペダルをこぐような運動(2つのベンゼン環がペダルに相当)によって引き起こされていることを明らかにした.今年度は,スチルベンおよびアゾベンゼンの母体化合物の配座変換について,高精度のX線結晶解析によって詳細な検討を行った.これらの化合物の結晶中に存在する2つの配座の存在比は,融点直下から150K付近までの温度領域ではvan't Hoffの式に従うのに対して,150Kより低温域ではvan't Hoffの式に従わなくなることを見出した.また,これらの結晶を室温から90Kに瞬間冷却した状態と,室温から1K/minの速度で90Kまでゆっくり冷却した状態では,結晶中の2つの配座の存在比が異なることがわかった.これらの結果は,低温でペダル運動による配座変換が凍結し,熱力学的非平衡状態が発生したことを意味している.更に,瞬間冷却した単結晶を用いて,非平衡状態のX線解析を行うことで,低温の平衡状態では存在できないような不安定な配座を観測することに成功した.
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