研究概要 |
ヒトのTripod Graspタスクにおける力分配と手姿勢決定の計算原理を調べるために,力センサの取り付け位置を自由に選択できる円形,正三角形,正方形,水滴形の把持対象物を設計・製作し,様々な把持位置拘束における指先力と手姿勢を計測できる計測システムを構築した.この実験システムを用い,身体からの向きが異なる条件におけるヒトの指先力,手姿勢,把持位置を計測した.その結果,すべての被験者においてこれらの運動情報は対象物の向きに関する情報を含んでいた.視覚情報と複数の運動情報を統合する5層の神経回路モデルを構築し,実験データを学習させたところ,その第3層は対象物の向きに関する情報と把持戦略に関する情報を内部表現として獲得していた.さらに,学習後のネットワークは対象物の視覚情報のみが入力されたときに,単純な力学的・幾何学的な制約条件を満たすように運動戦略に対する表現を選択することで,その対象物に対する複数の運動情報を同時に計算することができた.このことは指先力に関しては,その分配に関する情報を評価関数のパラメータとして与えなくとも分配問題を解く能力が神経回路モデルに備わっていたことを示し,学習過程では一種の逆最適化問題を学習していたことを示している.これらの結果はヒトのTripod Graspにおいても視覚情報と運動情報を統合することで対象物の特徴と運動戦略に関する脳内表現が獲得され,その内部表現に基づいて視覚-運動変換が行われることを計算論的な証拠となる.さらに,指先力と手姿勢の決定問題は独立に解かれるのではなく,関連しながら同時に解かれることを示唆する重要な証拠となる.また,新奇対象物に対する運動計画は既知対象物の内部表現を利用して遂行されるという仮説を検証するために心理物理実験を行った.実験では,新奇対象物を水滴形の対象物,既知対象物を正三角形,円形,四角形の対象物とし,既知対象物の学習状態の違いによる新奇対象物に対する運動計画の違いを調べた.その結果,新奇対象物に含まれる2つの特徴である正三角形と円形を学習した被験者において新奇物体に対する運動計画が最も良く,新奇対象物の特徴を全く含まない四角形のみを学習した被験者は運動計画が最も悪かった,円形か正三角形のどちらか一方を学習した被験者は中程度の運動計画の良さを示したが,学習していない特徴の部分でうまく計画できていなかった.これらの結果は,内部表現が獲得されていない新奇対象物への運動計画は既知対象物の内部表現を組合せることで達成されることを示唆する. これらの研究結果は平成17年3月に開催されるニューロコンピューティング研究会で発表された.また,平成17年8月に開催される国際会議Progress in Motor Control Vにおいて発表予定である.
|