研究概要 |
顎関節症は疫学的に女性に多いといわれるが,その原因は不明である.顎関節が代表的な女性ホルモンであるエストロゲンの標的器官であるか否かを明らかにずるため,エストロゲン受容体α(ERα)に着目し,その分布をラット顎関節滑膜において免疫細胞化学的手法・分子生物学的手法を用いて検索した結果以下のような所見を得た. ERαの特異抗体を用いて,ラット顎関節滑膜を免疫染色したところ,一部の滑膜表層細胞に強い免疫陽性反応を認めた.この陽性細胞を透過型電子顕微鏡および共焦点レーザー顕微鏡で観察すると,細胞体から関節腔へ向かう太い細胞質突起を有し,その突起は滑膜表層を覆っていた.滑膜表層細胞にはマクロファージ様A型細胞と,線維芽細胞様B型細胞の2種類が存在するが,ERα免疫陽性細胞は細胞質突起の特徴から,B型細胞であることが明らかとなった. 次に,ERαタンパクの産生細胞を同定するため,オリゴヌクレオチドプローベを作製し,in situ hybridization法にて検討した.その結果,ERα mRNAが滑膜表層細胞に発現しておりβ型細胞がERαを産生していることが確認できた.B型細胞は滑液成分を分泌することから,B型細胞による基質代謝をエストロゲンがERαを介して調節している可能性が示唆された. 一方,関節円板内の細胞もERα免疫陽性を示し,特に前方および後方肥厚部に陽性細胞が多数存在していた.さらに,下顎頭軟骨においても免疫陽性細胞が観察された.下顎頭軟骨は軟骨細胞の分化の程度に応じて,表層から線維層,増殖細胞層,成熟細胞層,肥大細胞層の4層に分けられる.ERα免疫陽性軟骨細胞は成熟細胞層と肥大細胞層にのみ認められ,そのうち成熟軟骨細胞が最も強い免疫陽性反応を示した. 本研究はラット顎関節にERαを有する細胞が広範に存在することを明らかにし,顎関節がエストロゲンの標的器官である可能性が示唆された.
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