本研究の目的は、宗教事情を通した、ベトナム近現代史の再考である。本年度は、特に以下の2項目で進展が見られた。 1つ目は、南ベトナムの大統領であり、宗教の弾圧者として知られるゴー・ディン・ジェム政権(1955-1963)の宗教政策の分析である。そもそも、共産党の独裁体制が続くベトナムにおいて、公定史観以外の視点は把握し難い。特に共産党に敵対し滅びた南ベトナムは、今日においても否定的な言説が目立つ。新たな視点を提供は、より相対的な歴史事情を把握する上で不可欠と言えるだろう。新資料の分析により明らかになったのは、ジェムの政策が、当時のベトナムには馴染みのなかった「政教分離」の導入を図っていた点である。しかしこれは宗教勢力から反発を招き、やがて彼は弾圧者として否定的な評価が強調されていくことになる。 2つ目は、宗教者の交流を通した、日本-ベトナム関係の考察である。これは歴史資料の分析に加え、各地にある在日ベトナム人宗教施設での調査を主としている。そこで明らかになったのは、20世紀から始まる両国宗教者の交流が、互いの無関心により成り立っていた事実である。そもそも日本の宗教者が示していたベトナムへの関心は、1940年代の南方進出及び1960年代以降に激化したベトナム戦争という、時勢に左右されたものであった。一方ベトナム側では、1950年代以降日本留学を経験する宗教者が続出している。しかし彼らの目的は、日本で学位を取得することであったため、彼らは70年代以降その拠点を欧米に移し始める。このような漠然とした友好関係は、互いが交流しないからこそ可能であった。訪日ベトナム人数が増え続け、在日共同体も拡大を続けていった近い将来、この見せ掛けの関係が破綻する可能性は否定できないだろう。
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