本研究は、南宋において「道学」と称されることのあった当時の儒学の四学派(朱熹、胡宏、陸九淵、陳亮など)の思想的差異と彼らの経書解釈の関係性を考察することを目的とするものである。現在、研究の進展によって『孟子』解釈に焦点を合わせる形で分析を進めている。 昨年は、呂祖謙と親交の深かった陳亮の孟子理解とその義利論との関係について考察したが、本年度は特に南宋湖南学派の中心的存在である胡宏の『知言』という著作を扱い、そこに表される経書理解と、湖南学の代表的学説との関係性について考察した。その結果以下のような成果を得た。 まず、湖南学の工夫論である察識端倪説は、『孟子』の四端章の内容に即して『中庸』首章の「未発」・「已発」の概念を捉えることで成立していることを明かにした。 次に「天理人欲、同体異用」という、天理人欲を二律背反的に捉えるのではなく、本質面では等しく現象面で違いが生ずるという考え方は、『孟子』において様々な「心」が、聖人にも衆人にも備わるものとして説かれていることや、「心」の道徳性を「目耳口」の「声色味」の欲求と並称して説く記述に基づくことを論じた。 以上の二点は、朱子が『知言疑義』において、胡宏を批判する重要な論点であるが、朱子と胡宏の思想の相違を理解する上で、『孟子』と『中庸』解釈の違いの重要性が浮かび上がるものと言える。この成果は『中国思想史研究』(37号、京都大学中国哲学史研究室)に掲載予定である。
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