研究概要 |
脳内の機能は多数のニューロン群の協調と競合作用が生み出しているが,電気生理実験においては通常,同じ刺激を繰り返し提示して,少数の(通常は単一の)ニューロン活動の試行平均を計測して発火特性を調べる。こうした実験結果から脳の情報処理機構を研究するためには,単一ニューロンの試行平均とニューロン群の単一入力に対する応答の集団平均とがどのような条件の下で等価になるかを考える,生理学的エルゴード性問題が重要な研究課題となる。本研究では、時空間スパイクコーディングおよびスパイク統計のエルゴード性について数理モデルを用いた解析を行った。 平成15年度には、大脳皮質をモデル化した積分型ニューロンのネットワークを用いて,ニューロン応答の再現性に影響する構成要素の非線形相互作用を,シミュレーションや力学系理論などの手法を組み合わせ多角的に解析した。その結果,ニューロンの内部記憶が短く,外部入力に比べて内部給合の影響が小さいときに発火系列の再現性が高いことを示した。さらに,同期状態と非同期状態の中間であるクラスター状態に着目し,完全同期状態を特殊例として含む形で,クラスター生成の結合構造・シナプス学習への依存性などに関して解析を行った。 平成16年度には、前年度までの研究をさらに進展させ,ニューラルネットワークモデルの非線形時空間ダイナミクスとノイズ,ネットワーク構造,学習などとの関連を解析した。まず、入力源を複数持つ場合に、STDP(Spike Timing Dependent Plasticity)学習則とネットワークアーキテクチャに基づいて、多様なコーディングの共存やクラスター形成が自己組織化的に実現され得ることを明らかにした。次に、Synfire Chainモデルをメキシカンハット型結合に拡張することで、入力刺激の強度が興奮領域の幅でコードされ得ること、孤立局在興奮と一様興奮の二つの非自明な安定状態が存在することなどを示した。また、スモールワールドネットワーク構造と時空間ダイナミクスとの関係を調べた。さらに、同期発火に注目したエルゴード性とノイズとの関係や興奮性GABAと情報コーディングとの関係についての検討を行った。
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