研究概要 |
ホスファチジルイノシトールのイノシトール環3,4,5位水酸基に可逆的なリン酸化を受けた8種類のホスホイノシチド(PIs)は,脂質性シグナル分子として個々に固有の機能を持ち,多様な細胞応答を制御する。我々は,種々の細胞外シグナル分子によって活性化されてPI(3,4,5)P3(PIP3)を産生するPI3Kや,PIP3を脱リン酸化して分解するがん抑制遺伝子産物PTEN, SHIP1,SHIP2の遺伝子欠損マウスを世界に先駆け作製・解析した。その結果,これらの酵素が個体内においても種々の細胞応答制御に重要であり,その欠損はがんなどの様々な疾病へとつながることを見出した。本研究では,がん抑制遺伝子産物PTEN欠損マウスをはじめとしたPIs代謝酵素ノックアウトマウスと,最近開発したPIs可視化マウスを用いて,がんの浸潤と転移に関連する細胞遊走運動のPIsによる制御機構を解析した。臓器特異的Creリコンビナーゼ発現Tgマウスと、条件付PTEN欠損マウスの交配によりPTEN欠損細胞を得た。PTEN欠損細胞の遊走速度は上昇しており、運動性の亢進が認められた。化学物質により導かれる制御された細胞運動(遊走)においては、進行方向の正確性が低下していた。また、均一な濃度の走化性因子により活性化されたPTEN欠損細胞は、頻繁な方向転換あるいはUターン運動を示し、持続的な一方向への運動が損なわれているものと考えられた。さらにPIs可視化マウス由来細胞を用いることにより、これまでに不可能であった、プライマリー遊走細胞でのPIsの挙動をリアルタイム解析することに成功した。その結果、PTENの基質であるPIP3およびPTENの細胞内局在を制御すると考えられているPIP2の非常に興味深い、対照的な細胞内動態を見出した。このように,医学的にも学術的にも意義を持つ新規の知見を今年度の研究で得ることができた。
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