研究概要 |
有機合成における触媒とは、「化学量論的変化に現れずに化学反応を促進する物質」を指す。優れた触媒は同じ反応促進作用を何十万回も繰り返すことができる。しかし、そのような高活性触媒はわずかに知られているだけである。この事実は触媒に高い活性を賦与する科学的原理が不足していることを意味する。本研究者の開発した光学活性ジホスフィン、2,2'-ジフェニルホスフィノ-1,1'-ビナフチル(BINAP)と1,2-ジフェニルエチレンジアミン(DPEN)を配位子とするルテニウム錯体触媒は単純ケトン類の水素化に対して極めて高い活性と立体選択性を示す。この触媒反応の機構を明らかにすることはこれまで知られていなかった一つの原理を導くことになり、化学の発展に大きく貢献するものと考え検討を行った。効率的に活性種を発生する触媒前駆体trans-RuH(η^1-BH_4)(binap)(dpen)を用いて速度論的および構造化学的解析を行うことにより、本水素化反応機構の全容をほぼ明らかにすることができた。すなわち、RuH(η^1-BH_4)型の錯体は容易にBH_4部を解離し、カチオン性錯体[RuH(binap)(dpen)]^+を発生することが質量分析および核磁気共鳴スペクトル分析により明らかとなった。この錯体と分子状水素から得られる18電子ジヒドリド活性種RuH_2(binap)(dpen)は速やかにケトンを還元して光学活性アルコールを放つとともに16電子のルテニウムアミド錯体となる。さらにこのものはアルコールにより容易にプロトン化され、カチオン性錯体を再生し、触媒サイクルが完成する。 この反応機構を基にBINAPと光学活性1,4-ジアミンを配位子とする新規ルテニウム錯体を考案し、触媒として用いることにより、縮環構造をもつため、これまで効率的に水素化することのできなかった1-テトラロン類を最高99%の光学収率で1-テトラロール類に変換することに成功した。
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