研究概要 |
比較的長大で,しかも非常に安定な周期性を示す概日(サーカディアン)リズムは,従来,多くの遺伝子・蛋白質からなる複雑なネットワークの結果として生じると考えられてきた。 概日リズムの研究分野の特色は,その領域形成の過程から極めて学際的で,たとえば現在盛んに主張される「実験と理論の共存」が,比較的古くから積極的かつ継続的に図られてきた分野と言える。そのため,生理学・生態学・分子生物学などによる実験研究の蓄積と,振動発生における理論的研究が同時に進められてきた。現在,生命科学の最前線で概日リズムが比較的露出度が高いように見えるのは,システム生物学など「生命科学における実験と理論の融合」が新たに注目されてくる中で,その代表的なモデルケースと位置づけられるからである。 さて,すでに1965年にGoodwinは転写・翻訳プロセスのネガティヴ・フォードバック制御により転写振動を起こす可能性に言及している。しかし,実際に実験を伴って提案されたのは,1990年にHardin,Rosbashらがハエの生物時計遺伝子の発現リズム機構が最初である。以降,カビ,植物,哺乳類などでも,基本的に生物時計の発振機構は転写・翻訳フィードバックに集約されるとの報告が相次ぎ,時間生物学のドグマとして定着した。 しかし,私たちはシアノバクテリアの時計蛋白質KaiCの概日リン酸化リズムが,特定の条件下(連続暗条件下や転写・翻訳阻害剤投与下)では転写翻訳フィードバックを必要としないことを最近明らかにした(1)。さらに,三つの時計蛋白質KaiA,KaiB,KaiCの組み替え蛋白質をATPと特定の濃度でインキュベートするだけで,温度補償性を伴うKaiCのリン酸化振動を,試験管内で再薄成できることも示した(世界初の概日振動の試験管内再構成)(2)。これらの発見は,従来の概日リズムの分子機構に関し,いくつかの根本的な見直しを迫り,また新たな視座を提供するものである。
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