研究概要 |
1.ピロリ菌のcag pathogenicity island(cag PAI)遺伝子群にコードされているIV型分泌装置の構造を解析するために、Agrobacterium tumefaciensのIV型分泌装置構成成分と相同性の高いcag PAI上のHP0532(VirB7),HP0528(VirB9),HP0527(VirB10),HP0525(VirB11),HP0524(VirD4)に着目して、それぞれの菌体における局在を、特異的なポリクローナル抗体を用いた蛍光免疫顕微鏡および免疫電子顕微鏡により観察した結果、ピロリ菌のIV型分泌装置は、赤痢菌やサルモネラ菌の菌体表面に存在するIII型分泌装置にみられる注射針のような構造とは大きく異なる不定形の突起物であることが示唆され、ピロリ菌の病原性に深く関与するIV型分泌装置の超分子的構造の概要が初めて明らかになった(Cell.Microbiol.(2003)5,395-404)。 2.IV型分泌装置を介して分泌される菌体因子として唯一同定されているCagAタンパク質は、宿主細胞内でGrb2,SHP-2,Cskなどと結合して細胞運動能や増殖能を促進することが報告されており、CagAは様々なシグナル伝達分子を結合しうる多機能タンパク質であることが明らかにされている。今回新たにCagAの宿主内結合因子として、アダプタータンパク質Crkを同定した。ドミナントネガティブ体の過剰発現、もしくはsiRNAによるCrkのノックダウンの結果、CagAによって誘導される宿主細胞運動能亢進が抑制された。また、阻害剤等を用いた実験から、Crkによるシグナルカスケードの下流で活性化されるH-Ras,Rap1,Rac1の活性化がCagAに起因する宿主細胞応答に必要であることが示唆された(論文投稿中)。 3.ピロリ菌感染と胃上皮細胞のアポトーシスを解析した結果、感染に伴い注入されるCagAによって、アポトーシスが抑制されることが明らかになった。阻害剤やsiRNAを用いた実験の結果、CagAによる宿主MAPKの活性化が、アポトーシス抑制能に関与することが示唆された(投稿準備中)。 これらの結果から、ピロリ菌の胃粘膜長期定着を通じて、CagAタンパク質により引き起こされるシグナル伝達カスケードの亢進が、正常な胃粘膜におけるアポトーシスと細胞増殖のバランスを崩し、病態の発症と悪性化に寄与することが推察された。
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