研究概要 |
高齢者に快適な環境のために,加齢による視覚系能力の低下の観点から,動画や移動物体を見る場合など,時間的に短時間呈示の刺激を見る場合における視覚情報処理速度の低下について取り上げた。特に本研究では,視覚情報処理過程における知覚の部分に焦点をあて,年齢により処理速度がどのように変化するかを中心に,個人差を定量的に求めることを目的とした。 実施した輝度および色インパルス応答関数における個人差と加齢効果の測定については,知覚レベルでの視覚系の時間応答関数を測定する方法として,心理物理学的実験手法である2刺激法を用いた。色インパルスの測定では,最も紫外線領域に近い短波長領域に感度を持つ視細胞である青錐体を対象とし,青錐体細胞を選択的に刺激する混同色線上の色を被験者ごとに測定して実験に用いた。異なる時間差で2つの刺激を呈示した時の閾値データを解析して,被験者ごとの輝度・色インパルス応答関数を導出した。 実験の結果は,高齢者を含めた各年齢層において,最終的に輝度で70名,色で49人の被験者(16.6歳-86.3歳で男女ほぼ同数)で実験実施および輝度・色インパルス応答関数の導出に成功した。実験及び分析の結果より,加齢によって視覚応答の強度は,この年齢範囲で輝度49.5%,色44.2%も単調に低下した。一方で,年齢による応答速度の低下は,基本的には観察されなかった。ただし輝度インパルス応答の場合のみ,60歳以上の被験者の60%(12名)において抑制部分を持たないゆっくりとした応答が観察された。これは信号強度低下を足し合わせ時間の増大で補うという加齢変化補償のメカニズムが,輝度処理経路でのみ発現し,色処理経路では生じないことを示している。この結果は,日常生活における物体の発見や運動の検出には輝度情報が重要であり,色情報はさほど必要とされていないことを反映しているのではないか,と推察される。
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