研究概要 |
平成10年以後科研費を得てかしらの全国調査を実施,平成18年4月現在全国172箇所約4850点のかしら調査を行いデータを収集した。当該研究期間内でまず注目したのが人形浄瑠璃の発生期に関わる問題を含む宗教的な人形,人形式三番・人形三番叟である。中でも最も重要視すべき資料,長野県南佐久郡小海町の親沢の人形三番里に関して,『親沢の人形三番叟』(親沢人形三番叟保存会,平成17年念月)という報告書をまとめた。人形式三番・人形三番叟の成立の問題については,かしら資料の分析と考証によって,本来宗教的な存在として三番里のみが存在し後から式三番形式を整えたのではないか,その時期は江戸時代後期ではないかという仮説をたてた。「人形式三番の成立について」(『年刊芸能』11号,平成17年4月)参照。更に原初的と見られる三番叟かしらには,(1)踏む動作,(2)赤色の彩色,(3)表情変化(返り目・口開)-笑いの表情から威嚇の表情へ,(4)偃歯棒式といううなづき形式(最も初期段階の形式,上を向く)という特徴が見られたが,この原初的かしら構造が日本独自のものか外来のものかという問題が派生してきた。この問題解明のためにまず,一部中国の串人形との比較を行った。その結果(4)のうなづき構造のみが日本独自であろうと推測した。うなづき形式は幾段階かを経て現文楽の形式に発展する。うなづき構造は日本の人形戯・人形芝居の起源や特徴を考える上で重要な意味を持つことを神奈川大学21世紀COEプログラム第1回国際シンポジウム『非文字資料とはなにか〜人類文化の記憶と記録〜』(平成17年11月26日)にて論じた。また,近代における人形の特殊な遣い方の事例,神奈川県平塚市県立高浜高校の一人遣い文楽(乙女文楽)についての調査報告を『神奈川県の民俗芸能-神奈川県民俗芸能緊急調査報告書-』(神奈川県教育委員会,平成18年3月)に掲載した。
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