研究概要 |
本研究は,フランスの民衆文化と近代フランス文学とのかかわりを,パリを中心とする都市と地方の文化的差異や類似,あるいはその交錯に着目しながら,4名のメンバーが独自に設定したテーマに沿って明らかにしようとしたものである。研究期間中フランスにおいて調査収集した一次資料に基づき,主に3つのテーマに絞ってアプローチした。 まず一つ目は,パリと地方の民衆文化の諸相をシャンソンを通して浮き彫りにし,それがフランス文学に及ぼした影響を探った。19世紀に流布した民衆的歌謡は,時の政府やブルジョワたちの道徳や価値観を風刺したりする反骨的なものから,庶民の生活情景や風俗世態を描いた写実的なもの,あるいは猥雑であけすけな内容のものまで多岐に渡るが,それらのシャンソンは当時の民衆文化の実相を知る上でも貴重な素材であるばかりでなく,それらの歌謡がどのように近代フランス詩に影響を及ぼしたかを明かにすることで,フランス詩の新たな水脈を探り当てることにつながった。 二つ目は,フローベールをはじめとするフランス・レアリスム小説に描かれた農民や庶民の心性や世態,あるいは地方の風俗の諸相を実証的に検証し,それら当時の民衆の実相がはたしてレアリスム小説の中でどの程度忠実に再現され描写されているかを再検討した。 三つ目は,南仏の自然や人間を克明に描いたジャン・ジオノの作品を主な拠り所にして,フランス特有の合理主義的でキリスト教的な思考法とは異なった,またパリなどの都市文明の中ではほとんど失われてしまったアニミズム的特徴を持った南仏固有の思考体系を明らかにした。 このように多角的にフランス文化の民衆的基層を理解し,それがどのように文学作品に反映されているかを検証することで,文学研究における新たな視点がもたらされたと思われる。
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