研究概要 |
1,本研究の目的は、大衆娯楽の一典型であるシャンソンを、メロドラマの知的枠組みで捉え、分析することにある。 2,その為に、まずメロドラマを成り立たしめる情動効果を明確にするため、小説としてもオペラとしてもメロドラマ作品として認知されている『カルメン』『椿姫』を主に考察し、「優柔不断な恋」「身勝手な恋」「禁断の恋」「身分違いの恋」「引き裂かれた恋」「すれ違いの恋」という<恋の6パターン>を抽出したうえで、雰囲気としての「異国情趣」、形式としての「パントマイム」を加え、劇作術の基本要素とした。次に、シャンソンの作詞術に注目したところ、多くがこの劇作術と並行関係にあることが判明したが、これは新しい発見であろう。 3,メロドラマが得意とする上記<恋の6パターン>は、決して高踏的でなく、日常的な身近なものだけに、人間が存在するかぎり、存在し続ける普遍的な男女の愛のあり方であり、それ故に、21世紀に生きる大衆の心性を探り、その生き方を模索する上で、最も効果的な方法の一つであることが今回の研究で明らかになった。 4,同種の研究は、寡聞にして知らない。3分間に人生を凝縮したシャンソンを素材にして、今後、よりいっそう広範囲な資料をもとに、そのメロドラマ性を考察することには、大変重要な意義がある。 5,国内の諸機関で情報交換を行い、シャンソン研究会を創設して研究発表等を行ったほか、2度の海外渡航によるパリ出張では、貴重なシャンソン関係の文献資料を収集しただけでなく、オランピア、パレ・デ・コングレ等の大劇場、シャ・ノワール、ヌーヴォー・テアートル・ムフタール、コメディ・コーマルタン等々の小劇場の実態調査により、前者の盛況、後者の衰微を実感した結果、現在のパリのシャンソン受容のあり方が、場末の狭い空間で語りかけるように歌う形態ではもはやなく、背後に楽団を従え、満員の聴衆相手に大音声で朗唱する形態に偏ってきているように思えた。大衆娯楽として、それもよいだろうが、少数の民衆にのみ届く真実を歌いたい場合、呼気がかかり体温が伝わり親和力の生まれやすい小劇場でのシャンソン再生が熱望される。
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