現代ロシア標準語は18世紀後半から19世紀にかけて確立されたが、この過程にあっては、ロシア語使用者の言語意識が大きく関与し、また、文法書執筆による言語規範の確定という言語学者達の営為が重要な役割を果たした。本研究は、かかる営為を分析することで標準語形成の過程を追跡するものである。中でも、18世紀後半の文法書に於ける正書法論を実際の言語運用とともに調査し考察する。対象として正書法を選択したのは、この領域に言語の規範意識が最も現れ易いからであり、また、当時のロシアの文法家の間で熱心に議論されたテーマでもあるからである。特に、当時のモスクワ大学教授であり代表的な文法家であったアントン・バルソフ(1730-1791年)の正書法論を研究している。 具体的には、バルソフ自身が提案する正書法及び自ら執筆した『歴史史料編纂計画書』の用法を分析・検討した。 なお、標準語形成を追うに当たっては、語彙、形態論といった正書法以外の領域のデータも必要となる。ここでは電子コーパスの活用が効力を発揮する。「ドイツ・テユービンゲン大学のロシア語コーパス」(『ロシア語研究 ≪木二会≫年報」第16号(2003〔平成15〕年10月31日:64-85頁)ではロシア語電子コーパスの一つであるテュービンゲン大学コーパスについて報告した。 18世紀正書法論は、ロシアの文字および文字に対するロシア人の取り組みの歴史全体の中で捉えなければならない。『ロシアの文字の話-ことばをうつしとどめるもの-』(東洋書店、2004〔平成16〕年2月20日)に於いて、ロシア文字の起源から18世紀の正書法改革と正書法論、現代の字母まで包括的に概説し、それを試みた。
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