本研究の視点は、(1)「身体」不可触・不可傷性(integrite physique)の原理--患者の身体の保護、(2)「承諾」(consentement)原理--患者の承諾(意思の尊重)、(3)「説明」(information)原理からなっていたが、なかでも、(2)(3)研究への基盤的な研究は、(1)と(2)(3)の関係であった。インフォームド・コンセント(consentement eclaire)について考える場合、何よりもまず、身体不可傷性の原理、すなわち身体に触れる・身体を傷つけることと自己決定権との関係について検討することが不可欠であった。そこで、英米法とは違って、フランス法では前者の優位が前面に出てくることをまず原理的に明らかにした後、「身体」の不可傷性原理が、その具体的場面で、とくに刑法・民法との関係において、どのように適用されてきたかについて、美容整形手術、性転換手術(平成15年度)、人体実験(死体実験を含めて)・バイオメディカル研究、臓器移植等々(平成16年度)について実務・判例・学説を通して明らかにした。とりわけ、身体の不可傷性原理のなかでの身体変更(美容整形手術・性転換手術)、身体不可傷性原理と身体利用、死後の身体利用について考察した。 上記研究の成果としては、身体の不可傷性原理のなかでの身体変更の場面においても、身体利用の場面においても、身体の不可触・不可傷性の保護の要請が強いフランス社会では、英米法社会とは違って、その要請が、国家・社会の秩序・公序として、自己決定をその中に封じ込める(すなわち、個人の意思を排除してまで患者の身体をむりやり保護する)機能を果たしていた。そこでは、患者の承諾よりも、むしろ患者の治療利益(interet therapeutique)--医師の側からは治療目的(but therapeutique)・意思--の有無が厳格に問われることになった。患者の同意は不可欠だが、それだけでは十分でなく、いわば、身体不可傷性の上に乗っかったインフォームド・コンセントであったと言わねばならない。 なお、本研究を引き継ぐ形で認められた平成17-18年度科学研究費補助金における次期の研究では、「同意」原理と「説明」原理そのものを対象とした研究を行なうことを予定している。
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