研究概要 |
本研究は、性と体発達という心理学の伝統的テーマを実験生態学的視点にたち、これらに影響する要因としてストレスと季節性(光環境による操作)、およびこの二つの要因の交互作用に焦点をあて、シリアンハムスターを使って、実験的に検討した。その結果、(1)豊かな環境(回転輪、はしご、L型トンネルがケージに存在)で育った動物は、通常の飼育環境(遊具のない通常ケージ)で育った動物に比べ、実験期間中、いつ餌を剥奪されるかを予測できないストレスを与えられる事態に対するストレス耐性が増強し、秋・冬を模した短日光環境下で、性発達と体重発達に対する抑制効果が緩和された。 (2)一般に、脳下垂体摘出により、性と体重発達は著しく抑制されることが、明らかにされている。この知見は、脳下垂体摘出により、ストレス耐性もまた減弱することを予測させる。この仮説を脳下垂体摘出動物と偽手術動物を使って比較検討した。その結果、6週間の実験期間中の30%の日にランダムに餌を剥奪するストレスに対し、脳下垂体摘出動物は偽手術動物に比べ、著しくストレス耐性が減弱し、精巣と体重発達が抑制された。この脳下垂体摘出動物における抑制効果は長日下で得られ、偽手術動物との抑制比(SR, Supresseion Ratio)の比較から顕著であった。すなわち、脳下垂体摘出は単に成長ホルモンの分泌欠如により、精巣と体重発達を阻害したのでなく、ストレスに対する耐性そのものを弱めたことが明らかとされた。 (3)一般に日長の短縮はハムスターで精巣を萎縮させることが知られている。長日下での日長の短縮は(LD18:6→LD13:11,5時間の短縮)とこの動物の臨界日長である12.5時間を跨いだ1時間の短縮(LD13:11→LD12:12)を比べると、精巣発達は前者の場面でも阻害されるが、後者の場面において、大きな効果を持つことが分かった。つまり、単なる日長の短縮よりも、臨界日長の持つ生物学的意味がおおきい。 (4)これらの発見は秋・冬の日長の短縮により引き起こされる季節性感情障害(seasonal affective disorder, SAD)と光療法、リズム障害に由来する欝病、その他の精神疾患と光環境、等の臨床問題に対して精神生理学的、生理心理学的立場から、一つの強い示唆を与えるものである。
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