研究概要 |
本研究の目的は,九州〜琉球弧における相対的海水準変動による古地理の変化が,日本の閉鎖的内湾泥底に生息する貝形虫の分散や進化にどのような影響を与えてきたのかを,古生物および生物学的手法を統合して明らかにすることである.そこで,現在まで,九州〜トカラ列島ならびに奄美諸島周辺の小規模内湾域における現世貝形虫群集についての研究が行われてこなかったので,平成15年度にトカラ海峡の南に位置する奄美大島の笠利湾,伊須湾,住用湾で,平成16年度には,トカラ海峡の北に位置する鹿児島県上甑島の浦内湾および海鼠池にて表層堆積物を採取し,各海域における現世貝形虫の群集解析を行い,さらにDNA分析用の標本を確保した,化石に関しては,本州中部から九州にかけての鮮新-更新統を中心に調査および試料採取を行い,微化石処理を行い,貝形虫化石群集を数量的に解析した.結果として,中期更新世以降,閉鎖的内湾泥底種の時間的・空間的な変遷について以下のようにまとめられた.1.酸素同位体ステージ(MIS)15からMIS11にかけては,現在中国沿岸に卓越する高濁度・低塩分種(Sinocytheridea)が優占種であった.この種はその後,海峡の発達などにより,個々の内湾が低濁度化したため,多くの湾で絶滅した.2.MIS12に極めて海水準が低下し,その後亜熱帯性種(Neomonoceratinaなど)が海水温の上昇に伴い,本格的に九州や本州へ移入し,MIS5まで優占した.3.最終氷期には本州から九州にかけて黒潮の影響が無くなり,水温が低下し,それまで優占していた亜熱帯性貝形虫類が消滅あるいは減少した.4.現在,これらのうちのいくつかはトカラ海峡が分布の障害となり,九州以北へは再び渡来していない.このように,内湾性貝形虫は10万年周期の氷河性海水準変動,黒潮流路の変化,トカラ海峡の深度変化,様々な海峡の開閉等により影響を受けていることがわかった.
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