研究概要 |
結晶生成の可能性を迅速に判断すること、また、タンパク質の結晶化や凝集体および液体形成などの現象と分子間相互作用の関係を明らかにすることを目的とし、インスリンの結晶形態変化図の作成、およびその図を基にしたインスリン溶液の光散乱実験を行った。 結晶形態図の作成では、pHに依存した液滴の形成、液滴表面での結晶生成、樹枝状結晶と多面体結晶間の形態変化など、これまでに報告のない幾つかの現象を見い出した。液滴および非晶質凝集体の形成は、液液相分離曲線を考慮した相図により説明可能であり、インスリンの結晶核形成には、液滴や凝集体を経由した機構が存在することを示した。静的光散乱では、結晶化が起こるpH6およびpH7ではインスリン濃度の上昇に伴って、溶液中のインスリン会合体の平均分子量が、単量体の分子量である6,000から六量体の分子量36,000程度まで増加することが判明した。一方、結晶化が起こらないpH2では、12,000程度(二量体に相当)までしか増加しなかった。動的光散乱実験で得られたpH2〜pH7間の分子会合体の平均半径のpH依存性も、静的光散乱と調和的な結果となった。これらの結果から、単に溶液過飽和度や六量体の量の違いにより、樹枝状結晶と多面体型結晶の形態変化は説明できないことが判明した。 インスリンに会合平衡が存在するため、分子間力の指標である第2ビリアル係数を静的光散乱実験から得ることはできなかった。散乱法は溶液中での散乱体の生成状態の把握には迅速に使用可能であるが、液滴や凝集体が形成後にも結晶化したように、インスリン溶液の初期の光散乱のみから、最終的な結晶化を予測することは困難であった。インスリンの場合は、溶液中での会合平衡の程度や結晶と成長単元である六量体間の相互作用や六量体間の相互作用が結晶化にとって重要であろう。それらの相互作用を如何にして得るかが今後の課題である。
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