研究概要 |
中枢神経傷害の重症度評価を目的として,種々の法医剖検例(300例)の血中S100B蛋白濃度および大脳S100蛋白の局在と分布について検討し,以下のような知見が得られた. 血中S100B濃度は死後経過時間あるいは生存時間とは無関係であった.部位別にみると,鎖骨下静脈と外腸骨静脈のレベルは右心血より高い例が多く,左心血が最も低かった.死因別に比較すると,窒息死が最も高く,次いで,頭部外傷急死群(生存時間6時間以内),鈍器損傷死群で,その他の死因群ではほぼ同レベルであった.頭部外傷急性群の脳実質の損傷程度は血中濃度と正の関係を示した.鈍器損傷群の血中濃度は損傷の重症度(ISS)との問に有意な相関はみられなかった. S100の免疫染色反応は神経細胞,神経膠細胞および神経鞘に認められた.神経細胞の陽性率をみると,頭部外傷では急性死(7.4%)より遷延死(生存時間6時間以上)が多く(69.8%),脳損傷の重症度や血中S100B蛋白質濃度と無関係であった.火災死,溺死,急性心筋梗塞および出血死において陽性率は低く(6.3-26.4%),窒息死では陽性例はなかった.一方,神経鞘の陽性例の割合は,頭部外傷遷延死には多く,神経鞘が腫脹,蛇行や断裂した部位に陽性所見が認められた.各例の神経膠細胞の総陽性率は35〜54%で死因との関連はなかったが,S100陽性の星状膠細胞は,窒息および溺死例に少なく,窒息および溺死の陽性率は火災死および急性心筋梗塞死群より有意な低値を示した. 星状膠細胞の陽性率は神経細胞の陽性率および右心内血中S100B濃度と負の相関を示した.その傾向は,急性死,特に頸部圧迫による窒息および鈍器損傷死において著明であった.以上のことから,法医実務におけるS100蛋白質の血中濃度および脳内の分布の変化は中枢神経傷害程度を評価する指標になることが示唆され,臨床的にも中枢神経の損傷範囲,二次的な傷害の程度および予後の判定根拠を提供することが期待できる.
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