研究概要 |
「たこつぼ型心筋症」は、急性心筋梗塞に類似した疾患であり、閉経後の女性が強い情動的ストレスに暴露された時に発症する。1990年に我が国で発見され、ようやく最近、国際的に認知されたが、その病因は臨床的な推論の域を出ない。私どもは、ラットの情動的ストレスモデルを用いて、この病態を忠実に再現し、ストレスによる交感神経-副腎髄質系の活性化、カテコラミンの刺激が原因であることを明らかにした。閉経後女性で好発する機序を理解するため、エストロゲンに注目した。卵巣摘除でplacebo投与(OV+P群)および卵巣摘除でエストロゲン補充ラット(OVX+E群)を用いて、エストロゲンレベルを変化させ、心臓および中枢神経系で検討した結果、 1)左心室機能を左心室造影および心エコー法により評価した。その結果、OVX+P群ではストレス時に左心室収縮能が低下したが、OVX+E群では、ストレス時の左心室収縮能の低下が有意に抑制された。 2)心臓での交感神経線維密度をTyrosine hydroxylaseに対する抗体を用いた免疫染色を指標に比較した。その結果、エストロゲンレベルが高いと、交感神経線維密度が減少する傾向を示した。 3)心臓でのc-fo5 mRNAの発現を、in situ hybridization法とreal-time RT-PCR法で評価したところ、OVX+EではOVX+Pに比べて、有意にc-fos mRNAレベルが低下した。つまり、エストロゲンは心筋のストレスへの反応性を低下させることが確認された。 4)Paraventricular hypothalamic nucleusでのc-fos mRNAレベルも、同様にOVX+EではOVX+Pに比べて、有意に低下した。 5)c-Fos免疫陽性反応を指標とした、中枢神経系の詳細なmappingでは、lateral septum, paraventricular hypothalamic nucleus, dorsomedial hypothalamic nucleus, medial amygdaloid nucleus, lateral periaqueductal gray, laterodorsal, tegmental nucleus, locus coeruleusでは、OVX+E群でc-Fos免疫陽性反応が有意に少なく、paraventricular thalamic nucleus and nucleus of the solitary tractでは有意に多かった。これらの部位には、エストロゲン受容体も分布することが分っており、エストロゲンレベルの変化により、ストレス時のこれら特定の領域の神経細胞の反応性が修飾されることが示唆された。 以上、エストロゲンは心臓および中枢神経の特定の細胞に作用し、結果として、生体のストレスを緩和することが示唆された。
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