研究概要 |
背景および目的:栄養素経口摂取時のインスリン分泌については脳相と腸相に分別して従来理解されてきた.我々は今まで知られていない,腸管吸収前の栄養素(グルコース,G)の胃内存在自体に応答するインスリン分泌を見出したので,胃における栄養素に対する神経性感知の観点から,消化管-膵島枢軸(enteroinsular axis)の一部を明らかにしようとした.方法:Wistar系ラットを用い,14-16時間絶食の後,urethane(720mg/kg)・α-chloralose(65mg/kg)腹腔内投与による麻酔下に開腹,実体顕微鏡にて迷走神経の胃枝(腹側および背側),または膵枝を同定分離し,既報の方法で各神経のフィラメントの電気活動をin situにおいて連続測定した.結果:胃内腔粘膜側でのG接触と胃静脈側へのG出現のいずれに神経性G認識の主体があるかにつき,各種濃度のG液を用い幽門結紮下に胃内注入と胃静脈系注入(胃大湾側の静脈系周辺の漿膜下に注入)を行った.その結果,いずれの注入法でも5.0,2.5,1.0%Gに対し,迷走神経胃枝の求心性電気活動は明らかに減少することが判明した.しかし,奬膜下注入時にはより濃度依存性が明瞭にみられた.次に,胃内または胃静脈系5.0%G注入時の膵迷走神経遠心性活動を検討したところ,これを有意に促進することが判明した.そこで,胃迷走神経腹側枝と背側枝を切断したラットについて,胃内または胃静脈系G注入をおこなったところ,膵迷走神経遠心性活動は有意の変動を示さなかった.なお,いずれの注入法でも,対照浸透圧食塩水注入は胃求心性および膵遠心性活動を有意に変動させなかった.結論および考察:胃内腔限局性に栄養素(グルコース)が存在するのみで,胃迷走神経の化学的感知機構を介して神経性インスリン分泌が惹起される胃-膵島連関に電気生理学的根拠が提供された.栄養素と消化管ホルモンの協調が織り成す,neurochemoreceptionを起点とする,神経性腹部内臓機能調節機構は今後益々注目される研究分野になると想定される. なお,当初予定された上記現象の生化学的背景機序の解明は,この研究期間内に終了しなかった.
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