研究概要 |
本研究は定型発達者が日頃意識せずに顔、身体、そして言語を媒介として行っている「自然な」コミュニケーションの成立基盤とその発達過程を明らかにし、自閉症における病態形成メカニズムを明らかにするために行われた。 (1)無意識的・自動的な顔処理:定型発達者においては、他者の顔はサブリミナルで呈示されていても、感情的に中立な物よりも(Kamio et al.,2006;神尾ら,2003)、表情ありの顔は表情なしの顔より(神尾ら,2004,2006)、直後の認知判断にバイアスを与える感情プライミングを誘導したのに対して、自閉症者では感情プライミングを認めなかった。閾上知覚された表情顔については、児童では群間差はなかったが、青年では経験の効果と考えられる表情選好の群間差が観察された(神尾ら,2004,2006)。これらより、自閉症者は自動的なレベルにおいては顔や物と同等な情動的意味しか持たないため、定型発達者とは質的に異なる情動体験をしていること、また日常の失敗体験によって本来顔が持つ選好性とは逆の脅威対象としての性質を帯びてくることが示唆された。 (2)身体を介する自他処理:動作文の記憶課題を用いて、定型発達児にみられた自己実演効果(自己の実演>文章のみ)は自閉症群にはみられず、他者実演効果(他者の観察>文章のみ)のみが認められることを示した(Yamamoto et al.,2003;山本ら,2004)。これらより、エピソード記憶の形成に重要な自分が何を行ったかではなく、自分がどのように行ったかについての意識が自閉症では希薄であることが示され、自己モニタリングや運動イメージの障害の存在が示唆された。 (3)言語の自動的連想:定型発達者と比べて、自閉症者における意味プライミング効果の低下は軽微であったが、より大きな音韻プライミングを示すことが明らかとなった(Kamio et al.,2006;神尾,印刷中)。ほぼ正確な意味構造を形成しうる高機能自閉症における日常会話の維持困難の背景には、意味よりも音韻という感覚的要素が支配的となる非定型な自動連想が存在することが示された。 以上より、自閉症における「自然な」コミュニケーションの障害の基盤として、対物処理と比べて自動的な対大処理が優先的になされず、また事物の感覚処理が意味処理を上回るという独特のパターンが示された。
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