研究課題/領域番号 |
15652002
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研究種目 |
萌芽研究
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配分区分 | 補助金 |
研究分野 |
哲学・倫理学
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
石川 求 首都大学東京, 都市教養学部人文・社会系, 助教授 (80192483)
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研究期間 (年度) |
2003 – 2005
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研究課題ステータス |
完了 (2005年度)
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配分額 *注記 |
3,100千円 (直接経費: 3,100千円)
2005年度: 700千円 (直接経費: 700千円)
2004年度: 1,200千円 (直接経費: 1,200千円)
2003年度: 1,200千円 (直接経費: 1,200千円)
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キーワード | 9.11 / ナチズム / ガーダマー / 対話 / 悪魔 / 敵対 / カント / 撫順戦犯管理所 / 理性 / ガリレオ / 天動説 / 二元論 / 光と闇 / 善と悪 / 根元悪 / 報復 / 和解 / 真実和解委員会 |
研究概要 |
この研究を最初に構想したのは、あの「9.11」をきっかけにしてであった。当時、私はベルリンにいて、ハイデガーのナチズム期の文献資料を読んでいた。この事件について、ドイツの哲学者は何とコメントするかとひそかな関心を抱いていたところ私の目に飛び込んできたのが、101歳になったガーダマーのインタヴューだった。何より驚いたのは、ほかならぬ対話の哲学を永年のあいだ自他ともに標榜してきたこの第一人者における、対話概念の見るも無惨な萎縮である。彼はアラブ世界を「不気味な」対象として向こう岸に置きすえ、自身が安住するヨーロッパとの異質さや不可解さを繰り返し説いている。敵対する者の悪魔化がガーダマーにおいてすら始まったか、と私には思えた。 過去にナチスはユダヤ人をおのれの台頭を阻む悪魔として、根こそぎ殲滅しようとして虐殺を実行した。しかし、戦後は逆にナチスがユダヤ人によって悪魔化され、これが世界にも支持された。憎悪のぶつけ合いによる敵対関係の持続はその後も消滅しないどころか、以前の対立をも肥やしにしていっそう激化している。老いたガーダマーの暗い観察もその一つの現れであるという観方が成り立つなら、そもそも哲学的解釈学とは何だったのか。そこにおいて、敵対する他者との対話を彼が高調した意味はどこにあったのか。このような問題意識をもって以後の数年間ガーダマーを批判的に読み継いだ研究成果が、「対話とはなにか-ガーダマー拾遺」である。 「「アウシュヴィッツのカント」へ-なぜ悪魔はいないのか」という論文は、3年間にわたった本研究の集大成である。カントは悪魔の実在性を認めようとしなかった。このことの積極的な意味を、シルバーのカント批判を念頭に置きながら、具体的に論じ、後半で、新生中国の撫順戦犯管理所で実践された、戦争の悪魔から平和を願う人間への再生教育と、カントの思想との隠されたつながりを掘り起こしてみた。 「第三帝国における『カント研究』」は、1990年代にドイツで出された論文の翻訳である。ナチズムと哲学とのかかわりを問う研究の文脈では、それは象徴的かつ画期的なものと見なされている。
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