研究概要 |
遷移金属と硫黄からなる多核構造は,数多くの生体内の金属タンパクや金属酵素の活性部位に存在することが知られている.スルフィドやシステイン残基のチオラート硫黄原子の架橋配位により連結された複数の金属中心からなるこれらの活性部位では,基質変換や電子伝達などの機能が温和な条件下に発現する.なかでも立方体の各頂点に金属と硫黄とが交互に位置するM_4S_4キュバン型構造は,電子伝達に関与するフェレドキシンや窒素固定酵素ニトロゲナーゼの活性部位骨格との関連からその特異な構造のみならず反応性についても興味が持たれている. 昨年度の研究において,モリブデン2核錯体[(Cp^*Mo=S)(μ_2-S)_2(Cp^*Mo)(S_2Bu^t)][PF_6](Cp^*=η^5-C_5Me_5)およびモリブデン3核不完全キュバン型クラスター[(Cp^*Mo)_3(μ_3-S)(μ_2-S)_3][PF_6](1)を出発原料とし,前者とニッケル錯体との反応によりMo_2Ni_2S_5骨格を有するクラスター[(Cp^*Mo)_2{Ni(PPh_3)}_2(μ_2-S)_2(μ_2-S)_3][PF_6],さらには_4つのMo_2Ni_2S_4骨格からなるクアドラプルキュバン型クラスタ「(Cp^*Mo)_2Ni_2(μ_3-S)_2(μ_4-S)_2]_4[PF_6]_4を得た.また後者1に新たな金属種(M)を取り込むことにより,高い触媒作用が期待できる後周期遷移金属を含む混合金属キュバン型クラスター[(Cp^*Mo)_3(μ_3-S)_4M(L)][PF_6](M=Ru, Ni, Pd ; L=ligand)の合成に成功し,特にNiMo_3S_4クラスターがアルキン酸の触媒的分子内環化反応に通常のニッケル単核錯体にはみられない高い活性を示すことを見出した. 本年度はこれらのクラスターの反応性についてさらに検討を進め,貴金属を含む混合金属キュバン型クラスターであるPdMo_3S_4クラスター[(Cp^*Mo)_3(μ_3-S)_4Pd(dba)][PF_6](dba=dibenzylideneacetone)やRuMo_3S_4クラスター[(Cp'Mo)_3(μ_3-S)_4Ru(cot)][OTs](Cp'=η^5-C_5MeH_4,cot=1,3,5-cyclooctatriene, OTs=p-toluenesulfonate)がアミノアルキン類の分子内ヒドロアミノ化反応に高い触媒活性を示すことを明らかにした.また,ヒドリド配位子を有するRuMo_3S_4クラスタ「(Cp^*Mo)_3(μ_3-S)_4RuH_2(PR_3)][PF_6](R=Ph, Cy ; Cy=cyclo-C_6H_<11>)と窒素固定関連基質であるヒドラジン類との反応により,ヒドラジンの不均化反応(3NH_2NH_2→4NH_3+N_2)が触媒的に進行することを見出し,また反応系より興味深いアンモニアクラスター[(Cp^*Mo)_3(μ_3-S)_4Ru(NH_3)(PPh_3)][PF_6]とヒドラジンフラグメントを架橋配位子とするダブルキュバン型クラスター[{(Cp^*Mo)_3(μ_3-S)_4Ru}_2(μ-NH_2)(μ-NHNH_2)][PF_6]_2の単離に成功した.これらの反応はキュバン型骨格が保持されたまま進行することが支持されており,キュバン型骨格に取り込まれた貴金属原子(ルテニウムやパラジウム)の特異な配位環境が活かされたものと考えられる.
|