研究概要 |
ipaH9.8欠損変異株の病原性を、マウス肺炎惹起能を利用して野生株と比較するとipaH9.8欠損変異株では野生株に比べて炎症が著しく激化していた。そこでyeast two-hybrid法を利用して、IpaH9.8の標的宿主因子をスクリーニングした結果、splicing factor, U2AF35と結合することがわかった。U2AF35はマウスのIgM pre-mRNAのalternative splicing反応に必須であることが既に知られており、IpaH9.8のIgM遺伝子splicingへの影響を調べると、その反応はIpaH9.8の濃度依存的に阻害された。これらの知見から、赤痢菌から分泌された.IpaH9.8は宿主細胞の核内でU2AF35と結合し、U2AF35の機能を何らかの機序で抑制し、スプライシング異常を引き起こす結果、炎症反応に関わる因子の発現を抑制し、抗炎症作用を引き起こしていることが示唆された。そこで、RNAiの手法を用いてU2AF35発現をノックダウンしたHeLa細胞からRNAを抽出し、マイクロアレイ解析を行ったところ、非常に多くの遺伝子の発現が抑制されていたが、発現が抑制されていた遺伝子の中から、特に炎症に関わる遺伝子群を抽出したところ、炎症部位への好中球の遊走に重要な役割を果たすことが知られているケモカインである、IL-8やRANTES、さらにIL-1βやGM-CSFなどのサイトカインの発現が有意に抑制されていた。さらに、変異株と野生株で感染実験を行ったHeLa細胞およびマウスからRNAおよび肺ホモジネートをそれぞれ抽出し、IL-8,RANTES, IL-1β,GM-CSFの発現量をRT-PCRおよびELISAで調べたところ、変異株と比べて、野生株感染細胞およびマウスにおいてIL-8,RANTES, IL-1β,GM-CSFの有意な発現抑制が観察された。最後に、変異株感染マウスの肺における好中球の遊走量と定着菌数を調べたところ、野生株感染マウスに比べて、有意な好中球の遊走と菌数の減少がみられた。以上の結果から、赤痢菌が分泌するIpaH9.8は、タイプIII分泌装置によって宿主細胞内に打ち込まれた後、核内に移動し、宿主細胞のスプライシング反応を阻害し、免疫応答、特に好中球の遊走、に関わるケモカインやサイトカインの発現を抑制することで抗炎症作用を引き起こし、赤痢菌が宿主の免疫反応から逃れ、上皮細胞内で増殖し易くなるようにしていることが考えられる。
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