研究概要 |
動物体追跡時に生じる滑らかな追跡眼球運動をスムーズパシュートと呼ぶ.一般に動きのある視覚刺激に対するスムーズパシュートの時間遅れはおよそ100〜130msであるが,視覚目標(視標)の動きが予測できるとき,この時間遅れは短縮される.本研究では,眼球運動系における予測運動制御のメカニズムを理解するため,(1)予測によるスムーズパシュート起動時の眼球運動速度の修飾,(2)短潜時追跡(short-latency tracking)中の視標追従性能および視標消去後の眼球運動の速度特性について調べた. 事前に視標の動きを呈示し,視標運動開始前に音声による合図を与えることにより視標の運動パターンとその運動開始時刻が予測可能な条件下では,スムーズパシュートは視標の動きに先行して起動すること,視標運動開始後100msにおいて視標の運動パターンに依存した眼球速度の修飾が見られることがわかった.次に,正弦波運動視標(周波数0.25〜1.0Hz)に対する視標追従性能を調べたところ,半周期経過後はゲイン(眼球速度/視標速度)および視標速度に対する眼球速度の時間遅れが一定となり安定した視標追跡が可能になること,追従性能(ゲイン,時間遅れ)は刺激周波数の増加とともに低下すること,しかしながら周波数1.0Hzでも眼球速度の時間遅れはわずか23msで,視標運動開始直後の時間遅れ(120ms)に対して大幅に短縮されていることがわかった.さらに,このような状況下で突然視標を消去したときの眼球速度の変化を調べた結果,眼球速度の減衰比(視標消去時の眼球速度/消去前の眼球速度)は視標消去時の視標速度,周波数に依存せず,視標消去後の経過時間のみによって決まることがわかった.また,スムーズな眼球速度成分がほぼゼロになった時刻(視標消去後1sec)以降も記憶誘導性サッカードによる視標位置の追跡が行われていたことから,依然として視標速度情報が保持されていることが示唆された.以上の実験結果をふまえ,視標速度を保持する視覚メモリとその出力部にゲイン調節機構を持つ視標予測機構を提案した.
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