研究概要 |
有機溶剤の吸入により生じる精神症状や精神依存がドーパミンやセロトニンといった脳内モノアミンニューロンの神経伝達や神経可塑性と深く関わっていることから、シナプス前膜でそれら神経伝達物質を含むシナプス小胞の輸送・開口放出に関与するタンパク質をリン酸化し、その機能調節を行っているカルシウム/カルモジュリン依存性タンパクキナーゼII (CaMKII)に着目し、免疫組織学的手法を用いて生体内中枢神経系における有機溶剤依存のメカニズムを検索した。 実験動物は生後50日齢のWistar系雄性ラットを用いた。動物を透明なプラスティック容器(60×40×35cm)内にトルエン(2ml,2000ppm)を吸収させたろ紙の入ったシャーレを置き、その中で動物を3時間ずつ吸入曝露させた。対照動物も同様の処置をトルエンの入っていない別の容器を用いて同時に行った。また、容器内のトルエン濃度・酸素濃度も同一条件にした。 抗CaMKII抗体および抗p-CaMKII抗体(Thr286)を用いた免疫組織化学法による実験を行った。 4%パラホルムアルデヒドで灌流固定後脳を摘出し、クリオスタットにて凍結切片を作成した。CaMKIIおよびp-CaMKIIに対する特異抗体(1次抗体)を各々室温で4日から7日間反応させたのち、型通りのABC法をおこない光学顕微鏡を用いて観察した。 その結果、トルエン急性・慢性曝露両群においては、対象群に比してリン酸化CaMKII免疫反応が前頭皮質,帯状回皮質,側頭葉皮質,海馬の一部で増強していた。これらが、依存等に関与するドーパミンA10ニューロンの分布に合致することから、有機溶剤による依存の形成にCaMKIIのリン酸化が関与していることが示唆された。さらにCaMKII遺伝子の発現量も、脳部位特異的に増加する傾向が確認されたが、発表に至るには、より定量的な検索をおこなう必要がある。
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