本研究では、抗がん剤による報酬機能障害に対する有効な改善薬の探索を目的として、汎用されている抗うつ薬であるescitalopramの作用を評価した。また、現在は臨床応用されていないものの、新たな抗うつ薬として着目されているドパミン再取り込み阻害薬の抗がん剤起因性報酬機能障害への影響を評価した。本研究では、ドパミン再取り込み阻害薬としてGBR12909を用いた。GBR12909が動物実験レベルで抗うつ様作用を有することは申請者のこれまでの研究により既に明らかにしている。 本研究ではまず、抗がん剤による報酬機能障害を示す動物モデルの作成を行った。その結果、過去の研究成果と同様にドキソルビシンおよびシクロホスファミドの週1回反復投与により、fixed ratio 3スケジュール(3回のレバー押しに対して1回の報酬が得られる)を用いた脳内自己刺激行動における報酬獲得行動が有意に低下することを確認した。 次に、抗がん剤による報酬機能障害に対する抗うつ薬の影響を確認した。汎用される抗うつ薬であり、選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるエスシタロプラムは、抗がん剤による脳内自己刺激行動の報酬獲得数低下をさらに低下させた。また、抗がん剤を投与していない対照群においてもエスシタロプラムは脳内自己刺激行動の報酬獲得行動を抑制した。したがって、選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるエスシタロプラムは脳内の報酬系神経に対して抑制作用を有する可能性が示唆された。一方、選択的ドパミン再取り込み阻害薬であるGBR12909は抗がん剤による報酬獲得行動の低下を有意に改善した。さらに、抗がん剤を投与していない対照群の報酬獲得行動を有意に上昇させた。したがって、GBR12909は脳内報酬系神経に対して促進作用を示し、抗がん剤による報酬機能障害を改善すると考えられる。 本研究で用いた2つの薬物はいずれも抗うつ様作用を示す薬物であることを考慮すると、すべての抗うつ薬が抗がん剤による報酬機能障害を改善するわけではなく、抗がん剤による報酬機能障害を伴う抑うつ状態を改善するためには脳内ドパミン神経に対する作用に着目した抗うつ薬が必要であると考えられる。
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