【研究目的】痛みと身体的・心理的側面は互いに厳密な関連がある。気分障害患者において痛み閾値が高いとする報告と低いという矛盾した報告があるが統一された見解はない。今回、独自に開発した触圧覚認知機能測定システムを用いて体性感覚事象関連電位を測定し、気分障害患者の触圧覚・痛覚の情報処理過程の障害を明らかにすることを目的とした。【研究方法】気分障害患者18例と年齢差のない健常者30例を対象とした。第Ⅱ指に高頻度、第Ⅳ指に低頻度の触圧刺激を7分間行い、低頻度刺激時にボタン押しを教示した。Fz、Cz、Pzの脳波を加算平均し、N140、P300成分の頂点潜時と振幅を健常者群と比較検討した。VASを用いて刺激に対する痛みを評価した。気分障害患者にはHamiltonの抑うつ状態評価尺度(HAM-D)を実施し、各データとの相関を検討した。【研究成果】全例でN140が検出され、本システムで体性感覚事象関連電位が測定できることが示された。気分障害患者群のN140の潜時、振幅は健常者群と差がなく、物理的な刺激強度の受容反応には相違がないことが分かった。一方、痛みの主観的評価であるVASは気分障害者群で有意に高く、痛覚評価の歪み、注意の影響が考えられた。気分障害患者のP300の振幅は有意に低かった。今回の検討により、P300振幅の相違やVASの違いは気分障害患者の触圧覚刺激に対する評価や注意、感覚認知の障害を示していると考えられた。気分障害者群のP300の振幅はHAM-Dと有意な負の相関を認め、抑うつ状態が重症なほど低下していた。P300の振幅低下は、情報の保持と弁別の障害、一連の記憶の保持と強化のために配分される脳の処理容量が、うつ状態により低くなっていることを反映していると考えられた。P300成分の異常はうつ症状を反映しており、気分障害治療の生物学的指標として臨床応用できる可能性が示された。
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